ベランダの金魚

考える

私が鬱で引きこもっていた頃。

ベランダに置かれた桶の中で金魚が死んでいて、この子はいつここから出してもらえるんだろうと思いながら、日に日に腐っていくのを見ていた事がある。あの頃まだ夫ではなかったあの人は、綺麗な金魚を買ってきては狭いアパートを金魚だらけにしていた。

 

小さい頃。

ある時かわいいなとテントウムシをつまみ上げたら、綺麗な水玉の裏側が空っぽだった。

ある時蝶々をつまんで捕まえようとしたら、燐粉まみれの黄色い羽がぼろりと崩れた。

指先から泡立つように恐怖が這い上がってくる。私の手の中でかつて生きていたものが命を失う。失っている。

 

あの頃、目の前の出来事と自分の感情の温度がチグハグでいつも夢の中のような実感のなさに居た。もしかしたら今もそうかもしれない。

毎日起きては車の音が少し聞こえてくるくらいの静かな部屋の中で、死んだ金魚を静かにただ見ていた。悲しさに似た、でも何かもっと奥底の、言葉に出来ない部分が叫んでは居た。だけどとうの昔に感じる事をやめた感情だった気がする。

 

この金魚は何故、狭いアパートのベランダに連れて来られたんだろう。ここで腐るため?

そして私は窓ガラス一枚隔てたこちら側で、水面で横腹を日の光に晒す金魚を見てる。金魚だったものになっていくのを。私はここで、何をしているんだろう。

 

長い悪夢を見ているようだ。どうして私は、ここに居るんだろう。
大切なものをちゃんと大切にするとは、一体どういう状態の事を言うんだろう。

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